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今日幾人かと会つて口を利いただけで、彼は自分が今はじめて河原町での医師になつているのを感じた。それはまだ形ができてはいなかつた。だが、彼の足は今河原町の土を踏み、彼等が房一を認めると否とにかゝはらず、否応なくその相手になつていなければならなかつた。この短時間のうちに得た小さな発見は、何故か房一の胸に或る落着きを与へた。
「どうぞよろしくお願ひします」
「あゝ、お医者?」
やうやく三十に手が届いたばかりだが、苦労したのとその無骨な外貌のために年齢よりは四つ五つ老けて見える。がつしりと人並外れて幅広い肩はむくれ上るやうに肉が盛り上つて、何だか猪首のやうな印象を与へた。
と、いきなり突きを喰はされた練吉は、神経的にさつと青ざめながら、反問した。
「あ、さうでしたな。一つ診ていたゞきませう」
「さうだ、君はあの時の射撃大会に出たさうだね」
「畜生、弱い奴だ」と、根津は笑った。
「さう、知つてる、知つてる」
最後に行つた家は河上の小一里るある辺で、そこいらは人家は数へるほどしかなく、河つ縁ぷちに沿つた段々畑の中を幅の広い国道だけがほの白く浮いて、次第下りに河原町の方へつゞいていた。軽くペタルを踏むだけで、彼の乗つた自転車は半ばひとりでに快い同じ速度で走つた。
その「含有量」といふ言葉は富田が昨日聞き覚えたばかりのものだつた。
病人は眼を開けて、しばらくこの息子とはちがふ医者を眺めた。軽い不審と失望の色が浮かんだやうに見えたが、すぐに閉ぢて、かすかにうなづいた。
急いであたりさはりのない返事をすると、今泉はもう隣りの人の方を向いて挨拶をした。